トヨタハッピータウンサーキット ニッポン放送
トヨタハッピータウンサーキット
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仲田 真紀子(なかた まきこ)
月曜日〜金曜日担当
愛媛県出身。趣味は音楽鑑賞(ライブ、コンサートを見に行く) スポーツ、料理。NHK松山放送局を経て現在フリー。
西村 美月(にしむら みづき)
月曜日〜金曜日担当
茨城県出身。NHK水戸放送局、NHK新潟放送局を経て現在フリー。
趣味は歌うこと、ピアノ、絵、散歩、ダーツ。
徳武 樹里(とくたけ じゅり)
土曜日担当
長野県出身。中学・高校の美術の教諭免許を持つ。趣味はジャズダンス、デッサン、スキーフィギュアスケート観戦など。
小山 真理(こやま まり)
日曜日担当
神奈川県出身。テレビ愛知アナウンサーを経て現在フリー。趣味はスポーツ観戦、ゴルフ。ジュニアベジタブル&フルーツの資格を持つ。

Date : 2007-02-22 22:27:02 徳武樹里
Subject : 甘味処 梅園
2月22日(木)夕方
桜の飾りが並び、すっかり春らしくなった仲見世通り。
今日もセーラー服姿の修学旅行生などで大変な混雑でしたが、そんな仲見世通りから一本裏に入ったところに、浅草寺にお参りした女性陣が立ち寄る定番コースの甘味処、浅草梅園本店があります。
創業は江戸末期、茶店から始まったこちらの人気は、昔から変わらない味の「粟ぜんざい」です。
お米が貴重だった江戸時代に、粟を混ぜたお餅にあんこをまぶして出していたそうですが、今はキビを混ぜた黄色いお餅で出しています。
このキビもちは、潰し過ぎないように半分ほどつく「半づき」にして、あつあつのこしあんをたっぷりかけていただきます。
出来立てのキビ餅のふっくらした香りともちもちの食感、さらに程よい粒感は、ほっぺがおちる美味しさ!
また、餅に絡むあんこは、最近甘さを控えたものが多い中で、しっかりとした甘さで食べ応え満点ですが、梅園さんでは「甘いものは甘い!」という昔ながらの味をあえて変えずに、守っているそうですよ。
散策途中の疲れたときには、この甘さがまた嬉しいんですよね。

Date : 2007-02-22 11:07:02
Subject : 千葉屋
『農林一号』って知っていますか?「あぁ、懐かしい!」と思ったアナタは50代以上でしょう。『農林一号』とは、戦後すぐに品種改良で作られたサツマイモの名前です。脱脂粉乳やくじらの竜田揚げなどとともに、戦災からの復興を目指す日本人の胃袋を支えた食糧のひとつでした。
その『農林一号』全盛の時代に、大学いもの専門店として、浅草観音裏にお店を出したのが、今日お邪魔した『千葉屋』さんです。
昭和25年の創業。そのときに知り合いからもらったという陳列棚が今も入り口に鎮座しているんですが、黒光りした木枠、端のほうが少しかけていて木の肌が見えているのも貫禄は十分です。この陳列棚は製造所のプレートがあって、読んでみると「東京市下谷區」と書いてあるんです。そう、この棚は戦前のもの。戦災や戦後の混乱を潜り抜けてきた風格があります。
そして、そこに山と盛られた大学いも。この『千葉屋』さんは創業当時から、大学いも、切揚(おさつチップスに大学いもの蜜をかけたもの)、ふかしいもの3種類で商売しているのです。創業当時の『農林一号』からいもの種類は様々に変遷を経て、今は九州産の『紅さつま』と、茨城・栃木産の『べにこうけい』の2種類を使っていて、ちょうど今月の5日から『べにこうけい』に切り替えたんだそうです。
その大学いもは常に揚げたて。お客さんの様子を見ながら、少しずつ揚げているんだそうです。そして、レジの脇にある大きめの楊枝。アツアツの大学いもをハフハフいって食べながら、ぶらぶら浅草散歩と行きましょうか。
(担当・飯田)

Date : 2007-02-22 06:56:02
Subject : 染太郎
浅草公園六区の実演劇場華やかなりし頃、芝崎町、田島町(今の西浅草のあたり)には、芸人さんの住居兼楽屋がたくさんあったそうです。そして、今日お邪魔した、戦前からのお好み焼き屋さん『染太郎』さんには、そんな近所の芸人さんや踊り子さんたちが大勢やってきたそうです。
染太郎さんの建物は、戦争で焼け野原になったところに、戦前に建てられたものを解体・移築したということで、木でできた壁は黒く、天井からは裸電球が灯る。ここは戦後の混沌の中でいろいろな娯楽を生み出してきた浅草のエネルギーを感じることができます。
そして、黒々とした壁に貼ってある、ちょっと茶色くなった色紙…。ここで大きくなっていった人々の色紙が、控えめに貼ってあります。
代表取締役の崎本さんにお話を伺うと、一番印象に残っているのは、映画『男はつらいよ』シリーズの初代おいちゃん、森川信さんだそうです。森川さんを「モリちゃん」と呼ぶ崎本さん、「何しろ、おいちゃんは2階に下宿していたこともあったんだから。家族みたいなもんよ。」とのことです。
聞けば、森川さんはこのあたりでずいぶんモテたそうです。「あの時分、このあたりは、というか、浅草全体が楽屋であり舞台だったんだな。飲み屋で会って明日頼むぜなんつって役の依頼があったりさ。銭湯なんて格好の発生練習場だよ。あ〜〜〜とか、声の聞こえない日がなかったな。」ジャパン・ドリーム、アサクサ・ドリームがそこにはあったんですね。そして、そのエネルギーに惹かれるように、文壇の人々も集まってくる。「坂口安吾なんて、よく森ちゃん連れて飲み行ってたな。そこで、ネタ拾うの。で、ウチの2階とかで書くわけよ。1階には各雑誌社・新聞社の担当がたむろしててね。そうだ、そこで、先生と便所が一緒になって、聞いたのよ。先生、どうしたら上手く作文書けるのかって。そしたら、『まず第一に、読み返さないことだ。』だと。読み返したら書き直したくなって、全然筆が進まないってことなんだね。」無頼派の巨人のひとこと。私もこのブログを書く参考にさせていただいています。
ともあれ、戦後のエネルギーがこもったこの染太郎さん。最近は外国人も多く訪れるそうです。みなさんもお試しアレ。

(担当・飯田)

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